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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)1772号 判決

原告 平野修

右訴訟代理人弁護士 平栗勲

同 河村武信

同 松尾直嗣

同 内山正元

同 木下準一

同 藤井光男

同 南部孝男

被告 中央観光バス株式会社

右代表者代表取締役 所敏勝

右訴訟代理人弁護士 酒井武義

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する昭和四九年二月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

2  仮執行宣言。

二  被告

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告(以下、被告会社ともいう)は、観光バスによる団体旅客の輸送を業とし、関西近辺の近距離輸送及び四国、東京、信州方面など二、三泊を要する長距離輸送を行なっている会社である。

原告は、昭和三一年、大型自動車第二種免許を取得し、昭和四八年三月から翌四九年一一月二〇日まで被告会社に雇用され、観光バス運転手として勤務していた者である。

2  原告のクモ膜下出血の発症(以下、本件疾病の発症ともいう)

原告は、昭和四九年二月一日午後九時頃、奈良県大和郡山市内の自宅において、突然頭痛がし始め、午後一〇時頃には激しく嘔吐するようになり、意識も混濁してきたため、翌二日午前二時頃、大和郡山市民病院で応急治療を受けたのち、同日午前八時三〇分頃、天理よろず相談所病院脳外科医師の診察を受けたところ、脳動脈瘤の破裂によるクモ膜下出血と診断された。

3  被告会社におけるバス運行業務の実態

(一) 被告会社における昭和四八年九月から翌四九年一月までの間のバス乗務員の平均走行距離及び原告の走行距離は、バス乗務員の給与のうち、走行キロ手当が走行距離一キロ当り三円の割合で計算されていることから逆算すると、別表(一)、(二)のとおりである。ところが、観光バス業界の平均的な走行距離は、一か月当り四〇〇〇キロを超えない程度であるから、被告会社のバス乗務員は、同業他社の平均走行距離の二倍以上を走行していることとなり、被告会社のバス乗務員がいかに苛酷な労働条件のもとにおかれているかが明らかである。

右事実は、財団法人大阪バス協会の運輸状況一覧表(各観光バス会社の全車両が走行した距離を集計したもの。もっとも、被告会社は事業区域外運送をしていることなどからすると、被告会社がバス協会に報告した数値は必ずしも正確なものではない。)によっても明らかである。すなわち、右一覧表によれば、昭和四八年九月から翌四九年一月までの間の全事業者及び被告会社の運転者一人当りの平均走行距離は別表(三)のとおりである。これによれば、いずれの月も被告会社の走行距離は全事業者の平均走行距離を大幅に上まわっており、右五か月間を平均すると、被告会社の走行距離は全事業者平均の約一・六五倍になっている。更に、被告会社の昭和四八年一二月、翌四九年一月の走行距離は、全事業者平均のそれぞれ二・三倍、二・一倍となっており、被告会社がいかにスキーバス運行に力をいれ、年末、年始にかけて運転者に過酷な労働を強いているかを示している。

更に、右一覧表によれば、被告会社の運転者数は、昭和四八年九月から翌四九年一月までの間いずれも二九名となっているが、給料明細表によれば、被告会社の運転者数は、昭和四八年九月、一〇月が二五名、一一月から翌四九年一月までの間が二三名となっている。しかし、被告会社において、実際に運転業務に従事した運転者数は、給料明細表のそれに外ならないのであるから、被告会社における真実の運転者一人当りの平均走行距離を知るためには給料明細表の運転者数で右一覧表の走行距離を除す必要がある。このようにして算出した真実の被告会社の運転者一人当りの平均走行距離及び全事業者一人当り平均走行距離(別表(三))は、別表(四)のとおりである。これによれば、被告会社における運転者の労働のすさまじさが明白となる。すなわち、一〇月、一一月の観光シーズンにおける平均走行距離は、八〇〇〇キロを大きく上まわっており、一二月、一月のスキーシーズンにおいては、全事業者の平均走行距離のそれぞれ二・九一倍、二・六六倍となっており、右五か月間の平均走行距離では、被告会社と全事業者平均とは二対一の比率であって、被告会社の走行距離が同業他社平均の二倍であることを裏付けている。

(二) 被告会社における営業は、一行程数日を要する長距離輸送が多く、不定期であり、乗務員は出庫してから入庫するまで数日間拘束されたまま精神的にも肉体的にも緊張した状態を継続させられる。

なかでも、冬期のスキーシーズンにおいては、数日間にわたっての団体客の輸送が多く、被告会社は、営利第一主義により乗務員の健康管理を無視した無謀な運行計画をたて、十分な休養を与えることなく、少しでも身体のあいている乗務員に対して、次々と長距離輸送に従事させてきた。このように、乗務員に対しピストン輸送を強いる一方、疲労回復に必要な休暇については、月に二日ないし三日まとめて与えるのみで、休日から休日までの間は約二〇日間以上連続して乗務させるという無謀な運行を強いてきた。

これを原告の場合についてみると、昭和四八年一二月一七日から翌四九年一月末までの間において、一二月二一日に公休により休んだのち、一月一〇日、一一日の公休日まで一九日間全く休むことなく、志賀高原や八方尾根方面ヘスキー客を輸送し、同月一二日以降、同月二四日まで全く休日がなく、連続してスキー客の輸送業務に従事してきた。

被告は、原告が昭和四八年一二月一六日から翌四九年一月三一日までの間に一六日間もの運休日を得ていると主張するが、その運休日と称する日の就業状況の実態を検討してみると、例えば、一月三日については、志賀高原方面へのスキーバス運行に一日夜から従事し、徹夜運行したのち、三日午前五時三〇分に帰阪し、洗車など後片付けをしてから漸く同日午前六時すぎに帰宅している。そして、自宅で暫く休息したのち、同日午後六時にはまた出社し、同日午後六時三〇分から再び徹夜運行のスキーバスに乗務している。このように、一日二四時間のうち、〇時から六時までと一八時から二四時までの合計一二時間をバス運行業務に従事させていながらその日を運休日と称しているのである。原告ら乗務員は、バスの徹夜運行に従事してきたため、昼間は自宅で休息するという結果になるにすぎず、通常のサラリーマンが昼間働いて夜間休息するのとちょうど逆になっている。被告の主張する運休日とは、すべて右のような就業状況の日であり、原告にとって実質的な休日とは、公休日として与えられた休日のみであることは明らかである。

(三) スキー客の輸送は夕方ないし夜被告会社を出発し、翌朝目的地に到着すると折返しスキー帰り客を乗車させて帰阪するという、文字通りピストン輸送の強行日程であり、乗務員に不規則、不十分な睡眠を余儀なくさせ、十分な休養をとる暇もなく連続走行させ、乗務員の疲労を一層倍加させている。

例えば、原告の昭和四九年一月一日から同月三日までの走行状況をみると、一日午後八時二〇分被告会社を出庫し、翌二日午前九時一〇分目的地に到着したのち、同一〇時一〇分には再び法坂方面へ運行し、同一一時〇五分に右方面から戻り、同日午後四時四五分には高天ヶ原を出発し、翌三日午前五時三〇分被告会社に帰社して入庫している。この間、原告は、中川久幕と交互に運転し、断片的に数時間の睡眠と休養を得たにすぎない。

被告は、スキーバスの運行は二人乗務で、交互に運転するから、運転していない間は十分な休息が得られると主張するが、これは実態を全く無視した暴論である。まず、二人乗務の場合はバスガイドがおらず、運転していない乗務員がスキー客へのサービスに勤めなければならない。被告会社の観光バスは、ビデオテープ、冷蔵庫、酒燗器など各種のサービス機器を備えた超デラックス車であり、しかも、乗客は元気な若者達であるから、休息中の乗務員がこれら乗客からいかなるサービスを要求されるか推して知るべしである。更に、スキーバスを夜間走行する際に最も厄介なのは、タイヤチェーンの装着及び取りはずし作業であり、右作業は、乗務員一人ではすることができず、睡眠中(休息中)の乗務員と協力して行わなければならず、目的地に到着するまで何度となく右作業が続く。また、バス車内における休養、睡眠についても、横になって手足を伸ばし、十分くつろいで休息できる設備があるわけではなく、運転席のすぐ後ろのシートに腰掛けて、不自由な形で睡眠がとれるにすぎない。このように、交替乗務員は、こま切れのような休息時間に不自由な姿勢でなんとか睡眠をとろうとするが、その間乗客からサービスを求められればこれに応じたり、チェーンの装着及び取りはずし作業などに従事しなければならず、休息時間といえども到底十分な睡眠休養を得られるものではない。

4  因果関係

原告のクモ膜下出血発症は前記のとおり脳動脈瘤の破裂によるものであるが、右脳動脈瘤の増悪、破裂は、以下に述べるように、被告会社における苛酷なバス運転業務に従事したことにより蓄積された極度の疲労に基づくものであるから、原告が従事したバス運転業務と本件疾病の発症との間には相当因果関係が存する。

(一) 脳動脈瘤について

脳動脈瘤とは、脳動脈の一部に形成不全が存し、そこが抵抗減弱点となって、その箇所に血圧が加わることにより次第にふくれ上り瘤状のものに形成されたものである。右の動脈の形成不全は、いわば先天的な要因によるものと考えられているが、このような形成不全が存しても、当然に動脈瘤が形成されることもなく、また、動脈瘤が形成されても破裂することなく天寿を全うする例が多いことも知られている。

また、動脈瘤が発生するときの血管壁側の因子としては、中膜筋細胞の広範な欠損、内弾性板の退行性変化、内膜肥厚が弱い、脳動脈の外膜が貧弱で外弾性板が欠如していることなどがあげられ、このような条件が揃ったときに動脈瘤が発生し、これらの条件が揃うのは動脈血管分岐部の先端部であるとされている。これは、分岐部の先端において血流が血管壁に直接衝突し、そのため血管壁に右のような組織的変化が生ずるものと考えられる。そして、明らかに高血圧症例に動脈瘤は好発している。

これらのことから、動脈瘤の形成肥大については、先天的要因のほか、後天的要因として中膜筋細胞や内弾性板の退行性変化や血圧の上昇或いは血圧や血流などの血行力学的刺激が長期間作用することなどがむしろ重要であると考えられており、病理学的にも解明され承認されているところである。そして、血行力学的刺激が更に強まり、一方、血管壁自体についても前記のような退行性変化(脆弱化)が亢進することにより、遂には動脈瘤が破裂するに至るであろうことは容易に推認される。したがって、血圧の上昇や血行力学的刺激は動脈瘤破裂についてもその重要な要因となっている。

(二) 精神的、肉体的疲労の血圧ないしは血管壁に及ぼす影響

精神的、肉体的疲労が生ずると間脳に作用し、自律神経系、特に交感神経を緊張させる。交感神経が緊張すると末梢の細動脈が収縮し、心臓から送り出される血液量(搏出量)が増大するので、当然のことながら血圧が上昇する。これと同時に、交感神経が緊張すると、カテゴラミンないしはレニンと呼ばれる血圧を上昇させる働きをもつ物質が分泌され、これらによっても一層血圧が上昇することになる。更に、疲労、ストレスが生ずると、身体の自律的調節機能としてアドレナリン、ノルアドレナリンなどのホルモンが分泌され、これが交感神経の作用を促進させ、前述した機序により血圧上昇の原因となる。

そして、血圧が上昇すると、血管壁に高い圧力が加えられることになり、血管壁の脆弱化ないし老化をもたらし、特に細動脈のけいれん、収縮により、細動脈により送られてきた栄養分が行き渡らなくなり、血管が壊死するという結果も生ずる。

また、血管壁が脆弱化若しくは老化すると、血液の循環が悪くなり、そのための防衛機制として血行をよくするため、一層血圧を上昇させることとなり、そのため更に血管壁の脆弱化、老化を招くという悪循環を繰り返すことになる。

以上のように、精神的、肉体的疲労は血圧の上昇並びに血管壁自体の脆弱化、老化を招くことは明らかであり、これらが前述したように形成不全の存する脳動脈に及ぶと動脈瘤形成肥大の後天的要因となり、疲労の蓄積が更に過度になり生体の自律的反応が適応し得なくなると、疲労は疲憊期と呼ばれる状態となり、それとともに動脈瘤の組織的変化は一層進行し、遂にはもはや回復不能な、日常生活の僅かな刺激だけでも動脈瘤が破裂するばかりの不可逆的状態に到達する。したがって、動脈瘤がこのような状態にあれば、必ずしも発症前の突発的な精神的衝撃、急激な身体的努力がなくても動脈瘤が破裂することがある。

(三) 原告の従事した業務と疲労との関係

観光バスの運転という業務には労働の形態として一般的に以下のような特徴がある。すなわち、

(1) 労働の場が自己若しくは第三者にとって非常な危険を伴うものであること、(2) 運転席という限られた狭い範囲の中での非常に拘束性の強い労働であり、就業中長時間同一姿勢を強制され、僅かに狭い範囲で手足を動かせるだけであること、(3) 右のような職場環境で、自動車運転という常時精神的緊張をもたらす業務に長時間従事すること、

このような業務の形態から、労働者にとっては肉体的疲労よりも精神的、神経的疲労が非常に強くなり、これらの疲労は緩徐に発現するが、消退も非常に緩徐であり、蓄積され易い傾向がある。このため、運輸労働者の健康診断による有病率は全国平均の二倍を超え、業務上傷病の発生率も全国平均の二倍をはるかに超える結果となって現われている。

更に、被告会社における観光バス運転業務には、次のような特徴がある。すなわち、

(4) 夜間運転業務が多いこと、 (5) 特に、スキーシーズンには、短期間に集中して夜間運転を伴うピストン運行がなされ、しかも目的地が寒冷地であること、

(4)について、人間の生体には二四時間をサイクルとする生理的リズムがあり、昼間は交感神経、夜間は副交感神経が機能しているから、夜間労働に従事すれば、右のサイクルを逆転させ、夜間に交感神経を働かせる必要があり、そのために脳の中での生理的葛藤を生じ、これによる疲労、或いはストレスが非常に大きなものになる。

(5)について、バス運転業務に伴って生ずる精神的疲労は、蓄積され易い傾向にあるところ、その疲労の回復には、少なくとも一週間に一日という定期的な休日が与えられることを要するのであって、被告会社におけるように二、三週間も休日なしで働らかせ、ときには丸々一か月間休日なしで就業させるという労働実態においては、そうでなくても蓄積され易い疲労が一層重篤な状態で蓄積される。また、寒冷地で就業すれば、熱の発散を防ぐための防衛機制として皮膚血管が収縮し、そのため血圧が上昇する。そして、保温のきいた車内で運転していて、チェーン装着などのため、寒冷下の車外へ出た場合には、温度差の激しいことから、一層昇圧現象が強められる。これらのことは、冬期に脳卒中が非常に多いという事実によっても裏付けられている。

(四) 原告の従事したバス運転業務と本件疾病の発症との関係

原告の脳動脈瘤形成過程の病理学的解明は必ずしも明らかではないが、脳動脈瘤の形成及びその破裂には後天的要因として血圧の上昇、血管壁の脆弱化を招来する肉体的、精神的疲労の蓄積が深くかかわっていることは前記のとおりであるから、たとえ脳動脈瘤形成の端緒が原告のなんらかの体質的要因によるものであったとしても、その後脳動脈瘤が増悪し、破裂に至る過程においては、前記のごとく被告会社におけるバス運転業務に従事したことによって、蓄積された疲労が重要な役割を果たしていることは明らかである。本件疾病は、休日中に発症したものであるが、その頃には、原告の脳動脈瘤は、既に過度の疲労の蓄積により増悪の一途をたどり、遂には日常生活におけるほんの少しの刺激によっても破裂せんばかりの、もはや破裂するかしないかという不可逆的な程度にまで増悪していた。一方、原告には高血圧症等脳動脈瘤の破裂の要因となるような既往症はなく、発症当日にも脳動脈瘤破裂の要因となるような異常な精神的興奮、身体的努力もなかった。

したがって、本件疾病の発症当時、原告には、脳動脈瘤の破裂を生ずる要因としては、被告会社のバス運転業務による過度の精神的疲労が存したのみで、他に要因となるものは存在しなかった。このように、脳動脈瘤の破裂という結果に結びつく要因として、心身の慢性的疲労状態が認められ、他に該結果と結びつく要因が認められない場合には、心身の慢性的疲労と脳動脈瘤の破裂との間に相当因果関係を認めることが合理的である。そして、原告の慢性的疲労状態は被告会社におけるバス運転業務によることは明らかであるから、バス運転業務と脳動脈瘤の破裂との間には相当因果関係が認められるべきである。

(五) なお、守口労働基準監督署(以下、守口労基署という。)は、昭和五一年五月、原告のバス運転業務による疲労と本件疾病の発症との間に業務起因性を認め、労災認定をなすに至っている。

5  被告の責任

観光バスの運転業務は、本来的に長時間労働を強いられ、道路走行に伴う高度の精神的、肉体的緊張が長時間持続し、そのために強度の精神的、肉体的疲労が容易に蓄積され易いものであるから、雇用主たる被告としては、乗務員をかかる業務に従事させるにあたり、乗務員の精神的、肉体的疲労が蓄積されないように労働基準法、労働安全衛生法等関係法令を遵守し、適切な人員配置、運行計画をなすことにより、乗務員に対し過重な労働を強いることのないようにし、更には、定期的に休養日を与え、仮眠、休憩施設等休養のための厚生施設を設けるなどして精神的、肉体的疲労が蓄積されないようにし、もって、バス乗務員の生命、身体の安全を保証すべき雇用契約上の義務がある。

しかるに、被告は、少人数の乗務員により過酷な運行を強い、徹夜走行で目的地に到達した乗務員を直ちに帰阪させて次の運行指示を与えたり、疲労回復のためには一週間に少なくとも一日の休養日が必要であるのに、二、三週間も、時には一か月以上も全く休日を与えることなく運行指示をなすなどしている。そして、被告会社自ら乗務員が疲労のため睡気をもよおすことを予期して錠剤などを支給したりしている。その結果、被告会社のバス乗務員の走行距離は、同業他社のと比べても比較にならない程長距離となっている。更に、被告会社は、大阪陸運局長から二度にわたり運転者の過労防止に関する警告を受けているにもかかわらず、これに従っていない。

以上のとおり、被告が右義務を怠っていることは明らかであり、右義務違反により本件疾病の発症をみたものであるから、被告は後記損害を賠償する責任がある。

なお、被告は、運行管理者をおいて乗務員の生命及び健康の安全には十分配慮し、原告からは特に疲労が激しいとか、身体の具合が悪いとかの訴えはなかったと主張するが、被告会社において、疲労が激しいなどと述べて乗務を回避すれば、直ちに怠け者として配車差別などの制裁措置がなされるのが目にみえており、歩合給が相当部分を占めている被告会社乗務員にとって、走行距離が差別的取扱いによって減ずることは乗務員の生活にかかわる問題となるため、原告も相当な疲労が残っていても已むなく乗務してきたものである。

6  損害

原告は、本件疾病の治療のため、昭和四九年二月四日、天理よろず相談所病院で脳外科手術を受け、その一か月後に再手術を受け、同病院に約三か月間入院し、退院後も現在に至るまで通院をしており、その症状は未だ固定せず、今後も相当長期にわたって通院治療が必要な状態にある。そして、現在の原告の症状及び医師の予測からしても、原告は将来完全には治癒せず、心身に重大な後遺症を残すことは明らかである。

したがって、原告の精神的、肉体的苦痛を慰藉するには金四〇〇万円が相当である。

7  よって、原告は被告に対し、雇用契約上の安全保証義務違反による損害賠償請求権の一部である慰藉料金四〇〇万円及びこれに対する本件疾病の発症ののちである昭和四九年二月二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は不知。

3(一)  同3(一)のうち、被告会社において走行キロ手当が走行距離一キロ当り三円の割合で計算されていること、被告会社における昭和四八年九月から翌四九年一月までの間のバス乗務員の平均走行距離及び原告の走行距離が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

被告会社では観光バスを二人乗務で運転した場合、その全走行距離を各乗務員の走行距離とみなし、各自に対し全走行距離一キロ当り三円の割合で手当を支給しているのであるから、右走行距離が実走距離(実際に運転した距離)を意味するものではなく、したがって、被告会社の乗務員が苛酷な労働条件におかれているということは絶対にない。

(二) 同3(二)は争う。

原告には、昭和四八年一二月一六日から翌四九年一月三一日までの四七日間のうち、運休日(会社には出勤するが観光客又はスキー客の需要がないので、会社において休息しながら待機している日)が一六日間、公休日が五日間あったから、これらを差引くと、原告が乗務した日数は二六日間であり、しかも、スキーバスの運行はすべて二人乗務で交替しながら運転するから、原告が四七日間のうちハンドルを握って運転した時間及び実走距離はほんの僅かなものにすぎない。

(三) 同3(三)は争う。

原告主張のような運行方式は、スキー客の需要に応ずるためのものであって、被告会社だけが特別に採用しているものではなく、どこの観光バス会社でも同様の運行をしているのである。原告は、これをピストン輸送の強行日程と非難攻撃しているが、その間には公休日もあり運休日もあって、原告はもちろん他の乗務員にも十分に休養をとらせており、また、二人乗務で交替させながら運転させているのであるから、乗務員に不規則、不十分な睡眠、休養を余儀なくさせていることはない。

4  同4は争う。

なお、守口労基署が昭和五一年五月、原告について労災認定処分をしたことは原告主張のとおりであるが、これは、全国自動車交通労働組合が同署に対し激しい抗議行動を繰り返して屈服させ、同署をして行政解釈を敢てねじ曲げさせることにより無理矢理労災認定処分をなさしめたものであるから、本訴の判断にあたっては、右処分の存在はこれを無視すべきである。

5  同5は否認する。

安全保証義務は、労働契約上の債務として労働災害の発生から労働者を保護する義務をいうものと解されているが、右労働災害は、発生状況の時間的明確性を要するものであるから、長時間(又は長期間)にわたって生起し又は作用して疾病の原因となるような事象ではなく、いわば突発的な出来事であり、短時間のうちに生起又は作用する事象である。

ところが、本件疾病の発症は、先天的に発生し存在していた動脈瘤が老化現象に伴う動脈硬化その他の内的要因により年月の経過とともに膨張、肥大して、突如、破裂するに至った性質のものであるから、労働災害ではなく、したがって、右義務違反の有無とはなんらのかかわりがない。

仮に、なんらかの関係があったとしても、被告には右義務違反はない。すなわち、被告会社には、被告会社が選任し陸運局に届出をしている運行管理者がいるが、右管理者は観光バスが車庫から出発するに際し、担当乗務員を集めて必ず点呼を行い、乗務員に精神的、肉体的異常がないかどうかを確め、異常があれば出発の許可を与えないようにして、乗務員の生命及び健康の安全には十分に配慮をしている。原告は、本件疾病の発症直前まで元気で就労しており、疲労が激しいとか、身体の具合が悪いとかについて使用者側に訴えたこともなかった。もし、原告が当時右の申出をしておれば、被告は無理にでも原告に休養をとらせていたのである。

したがって、被告には安全保証義務に違反したところはない。

6  同6のうち、原告がその主張のとおり入、通院したことは認め、その余は不知、慰藉料の請求については争う。

三  被告の主張

本件疾病の発症は被告会社における業務の遂行となんらの因果関係はなく、被告会社における業務に起因するものではない。

1  大阪に所在する全観光バス、路線バス業者によって構成される財団法人大阪バス協会は、各業者の報告に基づき、全業者の毎月の運輸状況を一覧表にして発表している。右一覧表のうち、従業員状況欄の「運転者」は、各社が陸運事務所に乗務員として登録した員数で予備運転手を含み、管理職でも運転免許を所持し予備運転手として登録し運転に従事する者も含まれており、また、「走行キロ」は、走行記録計により自動的に記録される車両自体の走行距離を示している。

この一覧表に基づいて、昭和四八年九月から翌四九年一月までの五か月間の被告会社と同業他社三社(近鉄、大川観光バス、日本高速)の運転者一人当りの月間平均走行距離を比較すると別表(五)のとおりとなる。

これによれば、被告会社における乗務員の月間平均走行距離は同業他社と比較してなんら異常に長距離ということはなく、更に、原告が被告会社の他の同僚運転手と比べて過重な労働を押しつけられていたのではなく、他の同僚運転手と同じ条件で運行に従事していたのであるから、本件疾病の発症と被告会社における業務の遂行との間に因果関係の存在しないことは明らかである。

2  労働省労働基準局長は、昭和三六年二月一三日付「中枢神経及び循環器系疾患(脳卒中、急性心臓死等)の業務上外認定基準」と題する通達(基発第一一六号)を発し、その行政基準を示しているが、右通達はその一般的認定要件及び医学的診断要件として、

「脳卒中、急性心臓疾患等については、素因又は基礎疾病(高年齢による動脈硬化、高血圧症等)があるため発病する場合が多いので、その業務上外の認定については、(一) 当該労働者の年齢、家族歴、嗜好(飲酒、喫煙量等)、既往症、発病前の身体状況、素因、基礎疾病又は既存疾病、(二) (以下略)、等につき、主治医、専門医の意見並びに同僚労働者の証言等を充分調査した上、総合的に判定すべきである」としている。

そして、「業務に起因することの明らかな疾病」の認定要件として、

「一般的には業務上の諸種の状態が原因となって発病したことが、医学的に明らかに認められることが必要であるが具体的には、

(一) 業務に関連する突発的又はその発生状態を時間的、場所的に明確にしうるできごと若しくは特定の労働時間内に過激(質的に又は量的に)な業務に就労したことによる精神的又は肉体的負担(以下単に災害という)が当該労働者の発病前に認められること。

(二) 当該疾病の原因と考えられる業務上の諸種の事態又は要件の性質並びに強度等が医学上疾病発生の原因とするにたるものであること。

例えば、脳卒中等を業務上とするためには、通常発病前において、当該疾病の原因とするにたる業務に関連する強度の身体的努力若しくは精神的緊張(強度の驚愕、恐怖を含む)があったことが医学的に認められねばならないこと。

(三) 災害と疾病発生までの時間的間隔が医学上妥当と認められるものであること。

例えば、脳卒中等については、通常発病直前或いは少くとも発病当日において上記の災害が認められることが必要であること。

(四) 以上の諸要件のうち、災害の強度が疾病発生の原因とするにたるものであるかどうかを判定するためには、次の事項を参考とすべきであること。

イ 当該労働者の従来の業務内容に比し質的にみて著しく異なる過激な業務遂行中においては、強度の精神的若しくは肉体的負担を生ずることが多いが、そのような事情にあったかどうか。

例えば、通常肉体労働を行なわない労働者が突発的な事態により特に過激な肉体労働を必要とする作業を命ぜられ当該作業を行なったような場合等がこれに該当する。

ロ 従来の業務内容に比し、量的にみてその程度を著しくこえる過激な業務遂行中においては、強度の精神的緊張若しくは身体的努力を要することが多いが、そのような事情にあったかどうか。

例えば、異常な事態により平常の業務より時間的又は量的に特に過激な業務を行なうことを余儀なくされたような場合がこれに該当する。

ハ 発病直前において業務に関連する突発的な、かつ、異常な災害できごとがあった場合には、発病原因とみなしうる強度の驚愕、恐怖等を起す可能性があるが、そのような事情にあったかどうか。

ニ 発病前日までの過激な業務による心身の興奮、緊張の蓄積については、発病直前又は発病当日における災害の強度(程度)を増大する附加要素として考慮すべきであるが、災害のない単なる疲労の蓄積があったのみでは、それの結果を業務上の発病又は増悪とは認められないこと。

ホ 基礎疾病又は既存疾病があった場合には、特に当該災害が疾病の自然的発生又は自然的増悪に比し著しく早期に発症又は急速に増悪せしめる原因となったものとするにたるだけの強度が必要であること、この場合当該疾病は業務に起因しない原因のみによっても発症又は増悪することが多いので、前記の諸要件に照しその鑑別に特に留意する必要があること。」としている。

右通達によれば、発病前の単なる業務による疲労の蓄積があったというだけでは足らず、(一) 業務に関連する突発的又はその発生状態を時間的、場所的に明確にし得る出来事若しくは特に過激又は異常な業務による精神的又は肉体的負担等が当該労働者の発病前に存在していること、(二) 右(一)の出来事、精神的、肉体的負担などの性質、強度が症状発生までの時間的間隔などから判断して、医学上、疾病発生の原因とするに足るものであることなどの要件が充たされている場合にのみ業務起因性が認められるべきものとされている。

ところが、原告の従事した観光バス運転業務の性質上、勤務時間の変則的なことは認められるが、原告が、過去長期間にわたって質的、量的に過激な業務を遂行していたとは認められず、他の同僚運転手に比べて過去長時間労働を行なってきたという事実もなく、また、発症当日強度の精神的若しくは肉体的負担を生ずるような異常な出来事もなかった。

そうすると、右通達に照らせば、原告の業務遂行中において、突発的な、或いはその発生状態を時間的場所的に明確にし得る出来事(強度の精神的若しくは肉体的負担を生ぜしめた原因)が存在しなかったのであるから、被告会社の業務と本件疾病の発症との間には因果関係を認めることは困難であって、結局、原告に先天的に発生していた脳動脈瘤が加齢現象に伴う動脈硬化その他の内的要因によって、時間の経過とともに膨張、肥大して突如破裂するに至ったものとみるべきであり、したがって、業務起因性は存在しないというべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件疾病の発症

《証拠省略》によれば、原告は、昭和四九年二月一日午後九時頃、奈良県大和郡山市内の自宅において、突然頭痛がし始め、激しく嘔吐し、意識も混濁するという状態に陥り、大和郡山市民病院で応急治療を受けたのち、翌二日、天理よろず相談所病院脳神経外科医の診察を受けたところ、脳動脈瘤の破裂によるクモ膜下出血と診断されたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三  クモ膜下出血の発症機序と疲労との関係

《証拠省略》を総合すると、次のとおり認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

1  クモ膜下出血は、その原因疾病に基づいて分類すると、外傷、脳腫瘍などの出血性素因があって、その結果として出血する続発性のものと、右のような誘因と思われるものがなくて出血をきたす原発性(特発性)のものがあり、後者の多くは脳動脈瘤の破裂によるものであることが病理学的に確認されている。脳動脈瘤とは、脳動脈血管の一部がふくれ上り瘤状に形成されたものをいうが、脳動脈瘤は必ず血流が直接衝突する分岐部の先天部に生じ、その出現頻度は、小児に少なく、加齢とともに増加して三五歳ないし六五歳の大人に多く、また、高血圧症例に好発している。このようなことから、脳動脈瘤の形成肥大については、脳動脈血管分岐部の先端部に存在する血管壁自体の形成不全という先天的要因よりも、加齢によって増大する中膜筋細胞の広範な欠損、肉弾性板の退行性変化などの血管障害性因子や血圧の上昇或いは血圧や血流などの血行力学的刺激が長期間作用することなどの後天的要因がむしろ重要であると考えられている。そして、脳動脈瘤破裂の原因については、従来、怒責、性交などの過緊張による一過性の血圧上昇であると考えられていたが、他面、かかる誘因のない就寝中に発症する例も稀ではなく、結局、現段階においてはその直接的な原因を究明し、或いはその発症時期を予め了知することは医学的に極めて困難とされているが、いずれにしても、脳動脈瘤の組織的変化が極度に進行して破裂直前の状態にまで達していれば、日常生活上の僅かな刺激によっても脳動脈瘤が破裂してクモ膜下出血を招来すると考えられている。

2  精神的、肉体的疲労が生ずると、間脳に作用し、自律神経系、特に交感神経を緊張させる。交感神経が緊張すると、末梢の細動脈が収縮、けいれんし、心臓の搏出量(心臓から送り出される血液量)が増大するため、当然のことながら血圧が上昇し、これとともに、カテゴラミン、レニンと呼ばれる血圧を上昇させる働きをもつ物質が分泌されるため、一層血圧が上昇する。また、疲労が生ずると、身体の自律調節機能としてアドレナリン、ノルアドレナリンが分泌され、これが交感神経の作用を促進させるため、更に一層血圧が上昇する。そして、血圧が上昇すると、血管壁に高い圧力が加えられるため、血管壁の脆弱化、老化をもたらすこととなる。また、血管壁の老化現象があると血液の循環が悪くなるため、生体の防衛反応として血行を良くするために血圧を上昇させることとなり、この結果、更に血管壁の脆弱化、老化を招来するという悪循環を繰り返すことになる。

右事実によれば、脳動脈瘤は、血管障害性因子が加齢とともに増大することによって生ずる血管壁の老化現象、疲労による血圧の上昇、血行力学的刺激が長期間作用することによって生ずる血管壁の脆弱化、老化現象などの後天的要因により形成肥大し、遂には破裂に至るのであるが、脳動脈瘤の組織的変化がこれらの要因により極度に進行して破裂直前の状態にまで達していれば、発症直前に突発的な精神的緊張若しくは急激な身体的努力がなくとも、日常生活上の僅かな刺激によって脳動脈瘤が破裂してクモ膜下出血をきたすものということができる。

四  《証拠省略》によれば、原告(昭和一一年二月七日生。発症時満三七歳)は、高血圧症、腎疾患などクモ膜下出血の基礎疾患を有せず、おおむね健康体で過度の飲酒喫煙の習慣もなかったことが認められ、また、発症当日、原告に突発的な精神的緊張若しくは急激な身体的努力があったと認めるべき証拠もないので、原告のクモ膜下出血は、原発性のもので、脳動脈瘤の組織的変化が前述した後天的要因により極度に進行して破裂直前の状態にまで達し、日常起居の些細な刺激により破裂したことによって発生したものと推認することができる。

五  原告は、被告会社における苛酷なバス運転業務に従事したことにより蓄積された極度の疲労により、原告の脳動脈瘤が増悪、破裂したものである旨主張するので、まず、原告が従事したバス運転業務について検討する。

1  原告は昭和四八年三月から被告会社で観光バスの運転業務に従事しているが、発症前一か月間以前の期間の具体的な運行状況についてはこれを確定するに足る的確な証拠がない。しかし、《証拠省略》によれば、被告会社の年間の運行業務の中で、冬期のスキーシーズン(一二月頃から三月頃まで)の運行業務が特に疲労度の高いものであることを窺うことができるので、発症前一か月間の原告の運行状況について検討することとする。

(一)  《証拠省略》によれば、発症前一か月間の原告の運行状況は、別表(六)のとおりであって、その大略は次のとおりであることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(1) 中川久幕と二人乗務で、昭和四九年一月一日午後八時二〇分出庫し、同九時三〇分スキー客を乗せて出発し、二日午前九時志賀高原に到着して、同九時一〇分入庫。次いで同一〇時一〇分から法坂方面に走行して同一一時〇五分高天ヶ原に到着、現地待機(五時間四〇分)ののち同日午後四時四五分スキー帰り客を乗せて同所を出発し、三日午前五時帰阪して同五時三〇分入庫、会社内で待機(一三時間)したのち、同日午後六時三〇分出庫して同八時〇五分スキー客を乗せて出発し、四日午前七時二〇分岩岳スキー場に到着して同八時入庫、直ちに折り返し志賀高原に向けて空車で出発して同日午後二時三五分同所に到着し、現地待機(四時間二五分)ののち同七時スキー帰り客を乗せて同所を出発し、五日午前六時一〇分帰阪して同七時入庫、その後は会社待機。

(2) 中川と二人乗務で、六日午前零時空車で出庫して同日午後零時〇五分八方尾根に到着、現地待機(九時間五分)ののち同九時一〇分スキー帰り客を乗せて同所を出発し、七日午前六時一〇分帰阪して同七時三〇分入庫、その後は会社待機。

(3) 竹中正雄と二人乗務で、八日午前零時空車で出庫して同日午後一時二〇分発哺に到着、現地待機(六時間四〇分)ののち同八時スキー帰り客を乗せて同所を出発し、九日午前九時二五分帰阪して同一〇時二〇分入庫、その後は会社待機。

(4) 一〇日、一一日は公休日。

(5) 芝原由人と二人乗務で、一二日午後九時出庫して同一〇時二〇分スキー客を乗せて出発し、一三日午前七時一〇分乗鞍に到着、その後一五日まで現地待機、一五日午後零時出庫して同二時スキー帰り客を乗せて同所を出発し、同一〇時三〇分帰阪して同一〇時五〇分入庫。

(6) 一六日は会社待機。

(7) 一七日は高槻市内の運行で、午後一時二〇分には入庫し、その後は会社待機。

(8) 尾曲直と二人乗務で、一八日午後四時出庫して同七時三〇分スキー客を乗せて出発し、一九日午前九時丸池に到着して、同九時一五分入庫、その後は二一日まで現地待機、二一日午後二時三〇分出庫して同三時一〇分スキー帰り客を乗せて同所を出発し、二二日午前六時一五分帰阪して同八時入庫、その後は会社待機。

(9) 二三日はバスガイド内藤とともに紅葉ホテルまでの運行で、午前八時出庫し、午後八時二〇分に入庫。

(10) 二四日は公休日。

(11) 二俣広美と二人乗務で、二五日午後六時二〇分出庫して同八時スキー客を乗せて出発し、二六日午前一〇時一〇分志賀高原に到着して同一〇時三〇分入庫、その後は二九日まで現地待機、二九日午後五時出庫して同六時スキー帰り客を乗せて同所を出発し、三〇日午前六時四〇分帰阪して同六時五五分入庫、その後は会社待機。

(12) 三一日、二月一日(発症当日)は公休日。

(二)  次に、《証拠省略》によれば、スキーバスの運行は、二人乗務で交替しながら運転していくが、被告会社の観光バスには各種のサービス機器が備えつけられているうえ、バスガイドが同乗していないため、交替運転手がこれら乗客のサービスに勤めなければならないこと、また、乗客が寝静まったのちは、道路の冠雪、凍結状況に応じてタイヤチェーンの装着及び取りはずし作業を寒冷下で数回行う必要があり、右作業は交替運転手と協力して行わなければならないこと、更に、交替運転手の仮眠設備は特になく、シートに腰掛けたままの状態で睡眠、休養をとるにすぎないことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、スキーバスの走行中は、交替運転手は、必ずしも充分な睡眠、休養をとることができない状況にあるということができる。

(三)  原告は、被告会社のバス乗務員が同業他社平均の二倍以上の走行距離を走行している旨主張するところ、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一一号証の一ないし五(財団法人大阪バス協会作成の運輸状況一覧表)を基にして原告主張のとおりの計算をすれば、昭和四八年九月分から翌四九年一月分までの被告会社と大阪バス協会に加盟する四四のバス会社との乗務員一人当りの平均走行距離の比較について、原告主張のとおりの結果が得られることが明らかであるが、弁論の全趣旨によれば、大阪バス協会に加盟している右バス会社の中には観光バスの外に路線バスをも運行している会社も含まれていること、九月頃から一月頃にかけての観光シーズン、スキーシーズンには、観光バスの方が路線バスよりもその一台当り走行距離が長距離に及ぶことを推認することができることからすると、右運輸状況一覧表による平均走行距離が直ちに観光バスの平均走行距離を意味するものということはできず、したがって、右乙第一一号証の一ないし五をもって未だ原告が主張する前記事実を認めることはできず、他に原告が主張する前記事実を認めるに足る証拠はない。

しかしながら、右乙第一一号証の一ないし五によれば、被告会社の乗務員一人当りの平均走行距離は、右期間中、大阪バス協会に加盟する四四のバス会社の中の上位四指に含まれていることが認められるから、被告会社の乗務員が、同業他社の平均以上の走行距離を走行していることは容易に推認し得るところである。

2  以上の事実に基づいて、原告は、その従事したバス運転業務によって極度の疲労が蓄積した状態にあったものかどうかについて判断する。

まず、《証拠省略》によれば、観光バスの運転業務は、運転席という限られた場所的範囲の中で長時間同一姿勢を保ち、僅かに狭い範囲で手足を動かせるだけの極めて拘束性の強い労働であり、しかも、道路走行に伴う精神的緊張を長時間持続させる必要があるため、運転手にとっては、肉体的疲労よりもむしろ精神的疲労が大きいこと、精神的疲労は蓄積し易い傾向があるため、一週間に少なくとも一日の休養日が必要とされていること、また、人間の身体の生理的リズムにより昼間は交感神経、夜間は副交感神経が緊張している状態にあるから、夜間労働に従事するには、右のサイクルを逆転させて交感神経を優位に働かせる必要があり、その結果、自律神経系の生理的機能に乱れを生じさせることになるため、夜間労働は昼間労働に従事するよりも著しく疲労度が高いものであることが認められる。

ところが、原告は、発症前一か月間に二二日間もバス運転業務に従事しており、信州方面への夜間のスキーバス運行に七往復も従事していること、特に一月一日から九日までの間は、折り返し運転ともいい得る状態にあって、自宅で充分睡眠をとったものとは認め難いこと、また、この間の公休日は一日又は二日間ずつの合計五日間であり、しかも不定期であること、スキーバス走行中は交替運転手といえども十分に睡眠、休養をとったものとは認め難いこと、被告会社の乗務員一人当りの平均走行距離が同業他社平均の二倍以上であるとは認められないものの、同業他社の平均以上のものであることなどの前記事実からすると、原告はバス運転業務により相当程度疲労が蓄積した状態にあったものと一応いい得るところである。

しかして、原告の右のような疲労の蓄積が、原告主張のごとく脳動脈瘤の増悪、破裂を生じさせる程度のものであったかどうかが問題となるところ、前記説示のごとく、脳動脈瘤の組織的変化が血圧の上昇或いは長期間にわたる血圧や血流の血行力学的刺激を一要因として起るものであり、また、精神的、肉体的疲労が血圧の上昇を生じさせ、そのため血管の脆弱化、老化を招来するものであることからすると、原告の右のような疲労の蓄積が原告の脳動脈瘤の肥大に全く影響を与えなかったものとはいえないものの、前記認定事実から明らかなように、原告の発症前一か月間のスキーバス運行による全走行距離は七五九五キロ、全走行時間は一七七時間五〇分であるところ、原告が実際に運転した距離は約四〇〇〇キロ、運転時間は八六時間〇五分であるから、この間の原告の業務負担量は同乗運転手と同程度のものであること、並びに《証拠省略》を総合して認めることができる次のような事実、すなわち、原告は、本件疾病の発症当時三七才一一か月であったこと、原告は、昭和三一年、自動車運転免許証を取得し、以来、トラック運転手として材木運搬業務に従事し、昭和三七年、奈良観光株式会社に入社し、昭和四八年まで同社において観光バスの運転手として勤務し、同年三月被告会社に入社したこと(この点については当事者間に争いがない)、原告は、本件疾病の発症に至るまで、被告会社において観光バスの運転に従事したのは一一か月にすぎず、しかもスキーバスの運行には二か月間従事したにすぎないこと、本件疾病の発症前一か月において、五日間の公休日を得、外に現地待機、会社待機や運行中の休憩時間もあり、右待機中には車輛の点検以外にさして負担となる業務がないこと、したがって、このことによりある程度疲労回復がはかられていると思われること、また、原告の業務負担量は被告会社の同僚運転手とほぼ同程度のものであり、原告の業務が特に過重であったということはないこと、原告とほぼ同一条件で勤務している同僚運転手の中に負担過重による疲労蓄積が原因で疾病に陥った者がないこと、原告が会社側に疲労が激しいなどとの身体の不調、自覚症状等を訴えたことが全くないことなどの事実を併せ考えると、原告が被告会社の運転業務に従事したことによって極度の疲労の蓄積をもたらし、よって脳動脈瘤の形成肥大を著しく促進するに至ったものとは即断できず、むしろ、右認定にかかる原告の長年月にわたる労働状況と脳動脈瘤が血管障害性因子が加齢とともに増大することによって生ずる血管壁の老化現象、疲労による血圧の上昇、血行力学的刺激が長期間作用することによって生ずる血管壁の脆弱化、老化現象などの要因により形成肥大するものであることとを総合して考慮すると、原告が被告会社における運転業務に従事することがなかったとしても、本件疾病が生じたのではないかとの疑念を払拭しきれず、結局、被告会社における原告の運転業務と本件疾病との間に相当因果関係を認めることは困難であるというほかはないのである。

もっとも、前掲甲第一四号証(田尻俊一郎の意見書)、証人田尻俊一郎の証言は、被告会社における運転業務と本件疾病の発症との間に因果関係が存するというものであるが、右証言等は、被告会社の走行距離が同業他社平均の二倍以上であること、前記認定事実とは異なる甲第一五号証により窺われる原告の労働実態をもとにしての意見であるところ、前者の事実が認め難いことは既に述べたとおりであり、また、《証拠省略》によれば、甲第一五号証はバスガイドをしている原告の妻の手帳に基づいて作成されたものであることが認められるところ、弁論の全趣旨によれば、原告の妻が常時原告と同乗していたのではないことが認められ、また、《証拠省略》に照らして甲第一五号証の記載内容は不正確なものといわざるを得ず、したがって、甲第一五号証が原告の労働状況を正確に反映したものであるとは認め難いことからすると、甲第一五号証、証人田尻の証言は、その前提となる事実が異なるのであるから、採用することができない。

また、本件疾病が原告の被告会社における運転業務に基因することを認めた守口労基署の労災認定の結果は、その制度の趣旨、目的及び認定の方法を異にするところから、本訴においてにわかに採用し難いところといわなければならない。

六  以上によれば、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 松山恒昭 裁判官下山保男は転任につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 上田次郎)

〈以下省略〉

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